【怖い話・怪談】山で熊に遭遇した老人が経験した恐ろしい恐怖
山の手つかずの自然は、しばしば人間に忘れがたい経験を与える。かつて、ひとりの老人がそんな山で熊に遭遇したのだが、それはただの遭遇ではなかった。老人は夕暮れ時、いつものように山中を散策していた。木々の間を漏れる柔らかい光の中、静寂な空気を胸いっぱいに吸い込むことを日課としていたのだ。
その日も森の生き生きとした色合いに心を奪われながら歩いていたところ、ふいに重苦しい気配を感じ取った。振り返ると、峻厳な眼差しと臨戦態勢の熊が立ちはだかっていた。老人の呼吸は途端に凍りつく。一歩動けば襲い掛かってくるかもしれず、声を上げればそれが熊を刺激するかもしれない。咄嗟の判断が生死を分ける瞬間であった。
周囲の空気が凍り付くような静けさに包まれ、熊の低い唸り声が山彦となってこだまする。老人は息を潜め、ゆっくりと後ずさりを試みた。目の前の熊は巨体をゆすりながら、一歩ずつ前進してくる。
その恐怖は想像を絶するもので、老人の腕には自分でも気がつかないうちに力が入り、全身が硬直していた。熊の鋭い爪がほんの数メートルの距離に迫る中、逃げ場を失いつつあった老人は、熊との間の一瞬の隙を見つけ、体を脇の低い木陰に滑り込ませた。この行動が自らの命を救うとも、危険を招くとも分からない瀬戸際であった。熊がうなり声を上げて木陰を覗き込むが、獲物である老人の姿はもはやない。息を潜めたまま、刻一刻と過ぎる時間を老人は確かな恐怖と共に数えていた。あの山で何が起きようとしているのか、誰にも予想することはできず、ただ老人は生き延びるために必死に状況を打開しようとしていたのだった。
